▼ 二十(はたち)過ぎればただの人?
「十で神童、十五で才子、二十(はたち)過ぎればただの人」ということわざがある。ある時期、わが子の能力に目をみはった経験を持っている親は少なくないだろう。どんどん文字を覚え、本を読み、すばやく計算をする。そうした子どもを見て、将来どんなに優れたものになるかと親も周囲も期待をかける。ところが、成長するにつれてだんだんその能力に陰りが出てきて、学校を出る頃には平凡な人間になってしまい、思いが裏切られることになる。ことわざは、そうした経験から生み出されたものだろう。
しかしなぜ、最初は神童とまで思えた人間が、大人になると平凡な能力の人間になってしまうのだろうか。
▼ 脳が本来の機能を発揮しはじめるのは、30歳を過ぎたころ
脳に関する数々の著書を出して注目されている新進の脳学者池谷裕二氏は、大人になるとだめになるどころか、本当は「人間は30歳すぎたころから本当に賢くなる」、いやなれるはず、そういう脳を人間は持っているのだと言う。池谷祐二氏自身も、30歳を越えてから急に脳の働きがよくなったと感じるようになったという。
池谷氏は、自身のことを一種の記憶障害であると語る。大学生ころまでは、いくら一生懸命勉強しても、友達のようにすぐには覚えられなかったという。だから、学習のしかたを工夫し必死にノートに整理しては覚える。そうして勉強してきた。ところが、30歳を越えた頃になって、それまで脳に蓄積してきた情報(記憶)が有機的に連繋しはじめ、発展的にものごとを考えられるようになったという。それは、その年ごろになると、脳の本質的な働きが、有効に機能し始めるからなのである。
▼ 子どもの記憶と大人の記憶
われわれは、記憶力の良し悪しの判断を、ものごとを正しく覚えているかどうか、つまり記憶を正しく引き出すかどうかで判断する。確かに子どもは、教えられ覚えたそのことをすぐに答えられる。それが、頭が良いと驚かれる所以であるが、それは、記憶していることが少ないからである。記憶量が少ないために、目的の記憶をすぐさま探し当て引き出すことができるのである。
一方、30歳ぐらいの大人の記憶量は、3,4歳の子どもの記憶量が1000だとすると1億か10億、もしかするともっと多いという。1000の記憶の中から目標のものを探すのと、1億10億の中から探すのでは、その大変さが違う。子どもの記憶の何十万何百万倍の記憶を対象にするのであるから、しまい場所にたどり着かなかったり、間違ったものを引き出してしまったりということが起こるのも当然で、それは大人の脳の働きが悪くなったということではない、と池谷氏は言う。
▼ 脳の本質的な働きは「分類して組み合わせ」
「一を聞いて十を知る」という言葉がある。これは、頭の良い人のことを褒め称える言葉として使われるのであるが、実はそうしたことは、凡人であるわれわれも、日常的に経験している。
人間の脳は、「ものごとを要素に分類して記憶し、その記憶を組み合わせて使う」という働き方をする。この「分類して組み合わせ」が、脳の本質的な働き方なのである。だから、新しいことでも、前に似かよった行動をしていたなら、それらの記憶を組み合わせて考えることができるし行動することができる。1から10まで全てを教えられなくてもできるのである。これが「応用をきかせる」ということである。
この「応用をきかせる」ということは、子どもにはなかなかできない。子どもの段階は単純記憶で、この脳の「分類して組み合わせ」という働きは、まだ機能していない。分類と組み合わせは、記憶がある程度蓄積されていかなければできないからである。
「応用をきかせる」ことは、大人になり、経験を重ねていくほどできるようになっていく。それは、脳がだんだん本当の機能を発揮していっているという証拠である。だんだん成長して能力が高まる脳を、われわれは持っているのである。
▼ 誰もが賢くなる可能性をもっている
脳の働き方が、単純記憶方式から分類・組み合わせ方式に移行し始めるのは10代の頃からで、成長するにつれだんだんそれが主流になっていくという。行動経験がさまざまに積み重ねられれば重ねるほど記憶の量が増えていく。記憶が増えれば増えるほど、その組み合わせによって生まれるものも増えていくので、応用を利かせることができるし、新しいものを生み出せるようになっていく。30歳過ぎというのは、学校を出て10年、いろいろな行動経験が積み重ねられ、記憶が十分蓄積されたころである。そのころから人間が本当に賢くなっていくというのは、そういうことである。
人間の脳は、誰の脳も本質的には同じである。したがって、誰もが、どんどん賢くなれる可能性を持っている。
現実的には、必ずしもすべての人がそれを実感してはいるわけではない。逆に「中学校までは何とか勉強できたが、高校以降はついていけなくなった」「経験を重ねても、応用が利かない、いろいろなものごとを関連付けて考えられない、新しい工夫ができない」と悩む人は多い。それはなぜか。次回は、そのことについて考えてみる。