矢口は、生活の現実の中で生きて働く本物の能力を育てることを常に考えていた。そして、その能力は生活の現実の中で行動することによって育つとした。そのためには学習者が主体的に行動する場、探究する場が必要だとして、さまざまな学習システムを開発、実践している。
そのひとつに、製糖工場の自動化に伴う作業員の転換教育(1976大日本製糖)がある。自動化以前は各工程に20年30年という砂糖づくりのベテランがいたが、自動化でそれらの技術は要らなくなり、代わって中央制御室で計器を監視し工程を管理する仕事が必要になった。 矢口は自動化により人間がロボットのようにならぬように、「自分の仕事の場を総体として把握し、それを制御できる行動力」をつける教育プログラムを提案し、現場の教育担当者とプロジェクトチームを組んで教材とカリキュラムを開発した。砂糖の製造工程のさまざまな条件をシミュレートする実験、シミュレータを使ったシーケンス制御、フィードバック制御の基礎、解体前の工場の現場解析などの学習を通して、作業員は主体的に学習に取り組んでいった。矢口は言う。
「この教育プログラムがねらったものは、いわゆる知識技術という内容の習得でなく、むしろ未知なるものに迫って行く姿勢態度であった。私はそういうものが育てば、知識、技能などというものは自分でその獲得の方法を発見して、自分でものにしていくのだと思っている。」(矢口新選集6「生きがいに挑戦する人間の育成」 p95)
このプロジェクトは工場の自動化への対応にとどまらず、従業員が何事にも主体的に取り組む新たな企業風土を生み出したと報告されている。学習システムはその後さらに、別のいくつかの製糖会社で使われている。(写真:グループで砂糖の溶解や結晶のミニ実験。ベテランも初体験!)