自動車運転指導技術のレベルアップ
自動車運転の技能指導は、教習生に対して1名の指導員という「1対1の走る密室での教育」の場で行われるものです。指導員がどのような考えで、どのような場を使って、どのような説明をして、教習生に練習をさせるかが、教習の質を左右します。教習生に関わりなく、決まった手順で練習の指示を出したり、説明を長く続けたりなどの指導が行われている実態があります。指導員個々は努力して指導を行っていても、教習生から見ると指導がバラバラと言った指摘も多くあります。
教習生一人一人の力を診断し、適切な教習内容を考え出し、短い時間で教習生が運転を身に付けていく指導とは一体どんなものか、どのように実現すればよいのか、そうしたことを考えられる指導員を育てるには、どんな研修を行う必要があるかが求められています。
「行動分析」入門研修(3日間)
■ 教習生はなぜ失敗するのか、どう指導すればよいか
「学習者の行動を見るトレーニング」が行われていない?
企業や学校、その他教育訓練機関などで人を育てることを職業としている人、いわゆる指導者、指導員、教員に対する「学習をする人の行動を見るトレーニング」は、思ったほど行われていません。
指導者の関心は、「どんな内容を教えるか」「どんな順序で、どのように説明するか」そして「どんなテストをするか」がほとんどで、もっとも重要であるはずの「学習者を見る」ということが、おろそかにされていると言えます。
特に「学習者がなぜつまずくのか」、「なぜできないのか」、「なぜ失敗するのか」といったことを追求するようなことがされていません。学習者に対して「もの覚えがわるいから」、「生まれつきだから」、「性格だから」、「知らないから」だという程度でしか考えていないのです。
自動車運転教習の指導でも
自動車運転教習は、指導員がマンツーマンで毎時間変わる教習生に適切な指導を行なわねばならず、指導力の差が表れやすい教育です。しかし指導員は、学習者(教習生)に対する指導の方法を、ほとんど独力で経験を重ねて身につけているのが現状です。
一般的に「まず説明して、やって見せて、やらせて、できなければ、なんども繰り返してやらせる」というようなやり方ですが、指導員も自分の指導に自信をもっている人ばかりではなく、「もの覚えの悪い人」や「カンの悪い人」に対してはどうすればよいのかなど、不安をもちながら指導をしている人も少なくありません。指導員に聞いてみると、「わかりやすく」、「丁寧に」、「相手に合わせて」指導しているつもりですが、その実態は‥‥
コヤマドライビングスクールの指導員研修
コヤマドライビングスクールは、東京と神奈川に4つ(二子玉川、石神井、秋津、綱島)の教習所を持つ大きな自動車運転教習所企業で(http://www.koyama.co.jp/)、当センターが20数年前に研究開発した「自動車運転訓練システム」に接して以来、教材開発、指導員研修に力を入れている先進的な教習所です。以前から指導員のレベルアップを考え研修を行ってきましたが、指導員の入れ替わり、女性指導員の増加などで、研修内容をリニューアルすることになり、当センターが協力することになったのです。
3日間の指導員研修の中核は、「教習生の行動を見ること」
研修は普通車、大型車、二輪車などの教習をしている指導員が、3人1グループとなって、3~4グループ集まって、こちらが用意したビデオ映像、OHPなどを材料にディスカッション、作業をしていきます。
研修を受ける人は、指導員になりたての人から10年以上指導員をしている人まで。普段あまり互いの教習の仕方を問題にしてつっこんで話し合うことはないようで、話し合いが白熱するまでに時間はかかります。
1.人間の行動、学習とはどういうものか?
2.自分はどのような指導(教習)をしているか?
3.行動を分析するとはどういうことか?
4.運転行動の分析
5.分析結果から指導を考える
「人間の行動、学習とはどういうものか」を考えるところから
教育に関わる人でも、そもそも「人間はどのようにして物、技術、技能を覚えて、行動するのか?」ということは、あまり深く考えたことがありません。
しかし、自分がどうしてできるのかが分析できないと、できない人に教えることはできないのです。研修は、人間の行動・学習について考えていくところから始まります。
例えばその内容は‥‥
◆言葉で説明することで、どこまで相手が変わるか、できるようになるか? 具体例で考えてみる。言葉の限界?を知らない人は多い。言葉とはどのようにして身につけるものか? それがわかると、説明ばかりしていた人もしなくなる。
このようなことから始まる3日間です。
■ 行動を分析する練習 -日常行動から運転行動へ
指導員にとって、何気なく左折してしまっているが、その行動を詳しく分析してみると、経験によって、出来ない人にはない実に様々な感覚(脳の働き)をもっていることに気づくのです。意識せずにやっていることを調べるのであって、「思っていること」「考えていること」を調べるのとは違うことにとまどいがあります。それらの感覚は、経験によって脳にできているのです。
人間の脳の働きをベースに指導を見直してみると
教習では、「交差点を曲がるときに、この柱がこの位置に見えたらハンドルをきる」といったように指導するやり方を「目印教習」といって応用がきかない力を育てることになることは、広く知られています。教習所内でできても外へ行くとできなくなる問題で、これは試験のための勉強とイコールです。早く教習を進めて免許がほしい教習生からは、要求されることが多い?そうですが、こうした暗記の指導から、やり方、結果を与えず、自分でやってみて悟るような場を作る、極端に言うと失敗させるような場を作り、そこへ入れて経験をさせてあげることをするのが、本当の教習、教育であると考えられるように変わってくるのです。
つまずく、失敗する教習生の行動を分析して、即座にどのような感覚(経験によるもの)が足りないかを分析し、その場でその感覚を経験をする場をつくり、その行動へ学習者を導くことができるようになるのが、本当の指導だと感じるようになってきます。
研修を受けた指導員の感想は?
- 今回の研修で一番の発見は、「車の運転は脳の働きで行われ、それは記憶したことでないと出来ない」ということだった。「運転」というものは、すごく神経を使うこと…と漠然と考えていたが、それを分析してみると、多種多様な情報を短時間で処理していることに驚いた。
- 「記憶」=「神経回路ができること」であり、神経回路が無い教習生に言葉だけで説明してもなかなか難しい(というかほとんど伝わらない)ことに気づかされた。これを強引に行おうとすると
①言われている側(教習生)は、どうしていいか想像できない。(自分なりの想像・行動をとる)
②うまくいかない。こちらが期待している動きにならない。
③お互いに「なぜ出来ないのだろう‥‥」と気まずくなる
という最悪のパターンに陥る可能性がある。 - この研修後の自分の教習は以前の教習と違う様な気がします。それは「何でこの人は今失敗したのだろう」そして「どんなアドバイスと経験をさせればこの人が『これでいいんだ』と喜びを感じてくれるか」を考えて教習しているということです。そして「この時間は次のまたその次の時間に役立つんだ。」これが段階をわけてやることの意味なのかなという気がします。
- この研修は、指導員の資格を取った時にやるべきだと思います。それに研修を受けないで今まで指導していたことが恥ずかしく思いますし、教習生にも少し申し訳なく思いました。
- 私自身、最近になって出来ない教習生に対して「どうして何度も言ってもわからないのか?」という疑問を持つことが多かった。今回の研修に参加して、行動を細かく分析してみて、私自身が疑問に思っていたことが解消されたような気がした。指導員になったばかりの頃は、自分自身も指導に必死で、教習生に対して「出来なくて当たり前」という気持ちで教習していたが、最近は指導に余裕が出てきたせいもあり、そんなことを思うようになってしまったという反省もさせられた。
日常の指導に簡単には活かせないが?
指導の研修を受けても、日常の教習にはそう簡単に活かせないものです。しかし結果を与えるような指導から、経験をさせる場を作る指導に変えることは、少しずつ変えてみることはできるようになります。やってみて教習生がどう反応するかを見ていくことを続ける必要があるのです。そうした指導の研究は、仲間を作ってやっていくことが重要で、そうした機会がないと研修も活きません。
「教えすぎが問題」だと言われ、「教えない教育」、「自分でつかませる教育」、「考えさせる教育」などが自動車教習でも考えられていく必要がありますが、その前提として指導者に「人間の行動を見る力」が備わっていることが最低条件ではないでしょうか。
行動分析研修内容(1時間に10分の休憩を含む) |
1.研修の目的、そして行動分析を行う理由ついて・・・・・約3時間
行動分析研修を受ける目的を、コヤマドライビンスクールの行動分析に関わってきた歴史的経緯も含めて、つかんでもらう。事前に受講者各自の指導に関して、どういう姿勢でおこなっているか、なやみはないかという点に関するアンケートを書いてもらい、それを元に診断する。
(1) 自己紹介および研修の目的「行動分析から教習分析へ」 (2) 行動分析の目的「脳の働きを押さえる理由」 |
2.自分たちはどのような教習をしているか・・・・・・・・・・・約4時間
各自が行った教習の映像を使い、導入、モデリング部分を分析する。
(1) 行っている行動をカードにとる どのような場所で、どのような内容をどのような方法で行っているか、一人分ずつ、3人でカードに記録をしていく(表現行動レベル)。 (2) 取ったカードを表に整理する 各自が大きな表に清書をし、互いに比較し、違いを出す。違いがあることを自覚してもらう。 互いに他の指導員の教習の様子を分析記録することにより、客観的に見る経験、共同して分析する経験を持ってもらうことにより、受講生の気持ちがうち解ける。 |
3.分析の基本 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・約3時間
(1)学習経験(新しく行動を身に付ける)とそのプロセス(キータイピングの例)
キーを見て打つことが出来ない人がどのようなプロセスを経て、打てるようになるのかを、自らキータイピングの練習を少ししながら、実感する。目標と段階。 (2)日常行動の分析 人間の行動をどのようにみればよいのか、目的は脳の働きであるが、それを分析者の目でどうつかまえ表現(カードに)するか。コップの水を飲む、輪投げをする、といった日常的な行動を事例に経験しながら考える。 |
4.運転行動の分析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・約10時間
(1)発進行動の分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・3時間
①表現行動分析、測定行動分析(ビデオ)
ビデオをみて、表現行動、測定行動をカードに抽出する。 ②検証実験(停車中の教習車) 停車中の車で、「靴を脱いでペダルを踏む」「目隠しをしてシフトレバーへ手を持っていき動かす」「目隠しをしてエンジンキーへ手を持っていき、エンジンをかける」「耳をふさいで(音で遮断)エンジンの掛かりを判断する」などの実験を交替で行い、使っている神経を自覚する。 ③整理・発表 行った実験を元に分析を見直し、整理・発表・意見交換をする。 (2)左折行動の分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7時間
①表現行動分析(ビデオ)
左折行動のビデオを見て、表現行動をカードに抽出する。 ②測定行動分析 ビデオ、コース・教習者シミュレータ(紙)などを使って測定行動を分析する。 ③実験・記録取り 左折する状況の記録がとれるように印をつけた曲がり角(前後・左右・左後輪、S字)を、条件を変えて(左側方、速度)曲がり、そのときの違いを記録する。 ④結果整理・発表 行った実験を元に分析を見直し、整理・発表・意見交換する。 (3)右折行動の分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・1時間 |
5.運転行動の設計 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・約4時間
分析したものをもとに、学習(教習)をどのように設計していくかをつかむ。
(1)分析から設計への考え方 分析した神経の働き(測定行動)を別々に育てる。段階的に積み上げていく 「自転車に乗れない子どもができるようになる練習のプロセス」(ビデオ)を解析して、考える。 (2)左折行動の設計 ①分析結果の整理(行動の構造把握) ②減速する行動をどのように作るか ③左にまがる行動をどのように作るか (3) 現実の教習の中での生かし方を考える コーディネータの教習映像を見て、分析に基づく教習はどのようにするか、現実の制約がある中で、どの様な工夫ができるかを話し合う。また先輩の教習を見る目を養う。 |