学習指導力向上への提案:多画面映像による学習指導記録の自己分析
「学習のしかたの指導が一番大事だとわかった」
― 財団法人新技術振興渡辺記念会助成調査研究より ―
研究開発部
教員の学習指導力の低下が問題になっているが、教員には学習指導力向上の手段と機会が十分に与えられていない、というのが我々の意見である。特に、学習者の理解や疑問の状況に応じた指導が必要な探究的学習に対する指導力の育成に関しては、殆ど行われていないというのが実情である。
学習指導力育成の手段として行われている授業研究や教育実習では、授業実施後に指導的立場のものが問題点を言葉で指摘するのが一般的である。そのため、学習指導のイメージが言葉の段階、つまり抽象的なものにとどまり、具体的な指導の修正の方向が見出せずに終わることが多い。指摘された問題点を実施者が自覚できず、納得できないまま終わることも少なくない。
技術の向上は、自身の技術の問題点を自覚するところから始まる。自分の授業の映像・音声記録をとり、自身(と仲間同士で)で分析しあい問題点を捉える、という活動をすることが、指導力向上のために大いに効果があると我々は考えている。
そこで、手軽に学習指導記録を作成する簡易記録装置を構成し、下記のような検証実験を行い、学習指導記録の分析活動の効果を確かめた。その結果を簡単にご報告する。(詳細については紀要76号をごらんいただきたい。)
実施日:平成19年2月23日,24日
被験者:教員養成課程の学生(卒業生含む)3人
協 力:富山市東部児童文化センター探究クラブ
(小学3~中学2年生、計12名)
学習内容:6年理科「電磁石」の探究的学習
(学習者は探究の進め方,
実験のやり方を書いたガイドブック:
通称ナビシートを使用)
第1日 | ①学習内容の把握と探究的学習活動体験 | 5時間 |
②学習指導の分析練習(ベテラン教師の授業) | 1時間 | |
第2日 | ③探究学習の指導の実施 (1グループ4人に対する学習指導) | 1.5時間(2時数) |
④学習指導映像記録の自己分析(グループ活動) | 3時間 |
1.映像記録の分析活動の効果について
映像による指導場面の再現が、客観的な姿勢を生み出す
映像は、各自が記憶の中で問題と感じていたところの状況を、目で見てはっきりとらえられるように再現する。被験者の一人は、「自分が話しているとき、子ども一人一人がどう反応し行動しているかが、丸わかりである点」と述べている。その再現力が、客観的な姿勢の形成に大きく役立った。
アンケートの回答に、「(指導時における)自分のくせが良くわかる」「しゃべるスピードがわかる」「無意識的な発言が振り返れる」「自分の視野に入っていなかった子どもの様子を観察できる」とあったように、自分自身が気づいていなかった自分の行動、自分が読み取れなかった学習者の様子が映像から読み取れるということが、スムーズに客観的な姿勢を作っていった。
問題点が見え、具体的な対応が考えられる
映像記録による学習指導の分析は、同じ映像を見ながら、示された具体的な事実に沿って意見交換が行われる。そのために、実施者はその場の状況を率直に話し、他からの指摘も納得して受け止められる。また、行動の修正のしかたも、具体の場面で問題点を分析できるため、具体的に考えられる。
映像による分析は、映像で示された指導場面で具体的に考えていく。問題場面は映像を止め、何度でも繰り返し観察し、具体的な対応のしかたを考えていく。その積み重ねで、学習者の行動を観察する視点、指導者の行動を分析する視点が育っていく。思い込みや知識からでなく、目の前に示された状況を分析してそこから考える姿勢が育っていく。3時間という短い時間の間に、そうした変化がはっきり現れた。
集中的な模擬経験ができる
指導分析の終了時には、被験者たちは探究的学習のあり方、その指導のあり方の基本のイメージ
を具体的につかみ、主体的な探究活動をさせられたかという視点で学習指導を観察するようになった。そしてまた、「学習のしかたに対する指導が一番重要だということがわかった」ということを共通して語り、主体的な活動をさせるための学習の条件づくりを考えるようにまでなった。
実際の授業では、授業の進め方の説明や学習の展開等で忙しく、学習者の行動をじっくりと観察し学習がどのように成立していくかをとらえることはできない。児童生徒の理解の状況や疑問をとらえた適切な学習指導ができるようになるには、経験を積み重ねていきながらだんだんできるようになっていくのであるが、映像分析では学習活動やさまざまな指導場面で学習者の行動、指導者の行動に的を絞って観察できる。映像は経験の積み重ねを、集中的に実現することができるのである。
グループによる分析の効果
互いの学習指導映像をグループで協同して分析を行うという方式は、被験者の全員から高い評価を得た。その内容は、「他の人の考え方を取り入れることができ、視野が広がる」「人に説明する中で自分の行動の問題点を自覚する」といったことである。被験者の一人はインタビューで「自分ひとりで振り返ると、これでいいのかと迷うことが多かった。自分なりに分析した後、自分の対応のしかたについて、意見をもらえたことが良かった。そうなのか、という気持ちもおこり、改善していくことにも前向きになれる。」とグループ学習について語っている。
分析の経過観察からは、3人の意見が絡み合ってだんだん視点が鋭くなり、アイディアが具体化していく様が読み取れた。一人の意見が他を刺激し、アイディアを出させ、また別のものがそれを発展させていく。その成果は3人全員のものになる。グループ活動により、互いに仲間の力を取り込み、共に成長していくことができたということである。コラボレーティブ・ラーニング(注1)がまさに成立していたと言える。
注1 協調学習とも言う。数人のグループで協同して教え合って学習を進める方式。他人との相互作用により思考が深められ、また他からの刺激により意欲が向上するなどの効果があると注目されている。
学習の体験が、学習指導の視点を育てる
探究的学習の指導映像の分析のためには、「探究活動を成立させるための視点」と 「児童生徒の主体的な活動を助けるための指導の視点」が必要である。
この視点の形成には、指導者自身の探究学習体験が不可欠だということがはっきりした。映像分析の過程で、自身の探究活動を振り返り、「何をしたから、そのことがわかったか」を自覚してから、学習者をどう行動させるか、そのために教師はどう行動すべきか、という方向で考えることができるようになったのである。この体験が学習指導の実施とその分析の前日にあり、記憶が新しい状態で分析活動が行われたことは、展開に大きな効果をもたらしたと考えてよいだろう。
客観的姿勢は、分析の視点がはっきりすると、相乗的に高まった。学習指導をよりよいものにするにはどうするかという視点で、考えるようになるからではないかと思われる。したがって、視点をいかに早い時点で形成していくかということが、分析の効果を高めるための鍵となる。
2.学習(指導)活動の再現性に優れた多画面映像
映像は、学習者と教師の活動の内容を捉えるに十分な近距離でもれなく撮影する必要がある。理科の実験のように学習者が机の両側で活動し動きもあり、いろいろな位置から教師が指導する場合、複数のカメラでの撮影が不可欠である。その複数のカメラの映像を合わせ、多画面編集することにより初めて、学習の実態が再現できる。
また、多画面映像は、学習者の活動の映像と教師の指導活動を合成して編集した場合は、グループごとの指導と全体的活動とを関係性を構造的にとらえることができ、多数グループの指導のあり方,時間の配分や学習展開などを検討する材料としても、大いに活用できる可能性が見えた。