高齢ドライバーの運転能力改善の研究 2012~15
研究の目的・経緯・概要
増える高齢ドライバーの事故
かつては1万人を超えた交通事故死者数は、交通ルールの改正や信号の改善、交通安全の啓発活動など様々な対策がとられた結果、年々減少しています。しかしその中で、高齢ドライバーの事故だけが増加しています。理由は、高齢者の事故率が高いということだけではなく、免許取得率が年々上がり、50代以下はどの年代でも90%を超えていることから、高齢ドライバーの数そのものが増加しているためです。このままだと今後ますます高齢ドライバーの事故が増加する可能性があります。
高齢ドライバーの事故の原因は加齢による認知能力や身体能力の低下にあるとして、国は「高齢者講習」の受講を義務付け、免許の自主返納を促していますが、それだけで問題は解決するのでしょうか。
問題にすべきは、高齢ドライバーの運転能力を維持・改善する実効性のある方法を開発することではないかと我々は考えました。
第一に必要なのは、運転能力低下を自覚させること
高齢者講習を行う教習所の指導員、警察官らは、高齢ドライバーの多くに、自身の運転能力への過信があることを指摘しています。長い運転経験による自信から、身体能力が落ちても経験でカバーできると思っているのです。高齢者講習で動体視力、夜間視力、瞬間反応力等の低下が指摘されても、それが運転能力の低下に関わるとは考えない。実車による運転指導で問題を指摘されても、それは特別な場合で日常の運転では問題がないと思う。こうした思い込みは、運転能力の低下が自覚できないために起こると考えられます。
我々はまず、運転能力の検査を「身体能力」を測る検査ではなく、「運転能力」そのものを測る検査、つまり運転能力の低下を自覚させ、その低下が事故に結び付くことを実感させる検査が必要だと考えました。
最も低下している能力は何か、一番多い交差点事故例で行動分析
運転能力の低下を自覚させるには、何をどう自覚すべきかを明らかにしなければなりません。そこで、高齢ドライバーの事故が最も多い「信号のない交差点」で実際に起きた事故例について、それがどのような状況でどのような事故に至ったか、高齢ドライバーの運転行動を中心に分析した結果、高齢ドライバーが自覚すべき、二つの類型の運転行動能力が明らかになりました。
一つは、交差点に進入するタイミングの測定・判断能力です。他車の動きを測定しつつ、「よし、今なら行ける」というタイミングを測定・判断する運転行動能力。
もう一つは、交差点を通過する際、様々な警戒物(他の車や、自転車、バイク、歩行者など)を測定し、「進むべきか、停止すべきか、それとも徐行するべきか」を次々と連続的に判断する運転行動能力です。
交差点への侵入と通過をシミュレート
この二つの類型の測定・判断行動について、その適否をシミュレータを使って検査する具体的な方法を構想しました。資料1と2にシミュレータのイメージと活用方法を示しましたのでご参照ください。
このシミュレータは一般的ドライビングシミュレータ(総合シミュレータ)とは異なり、どちらも運転席や運転装置がありません。運転行動の要素である測定・判断行動の自覚と修正に目的を限定し、機能についても、測定・判断の対象となる道路状況の映像と、発進、停止、徐行など最小限の行動をボタンで入力するだけに限定した、要素シミュレータというべきものです。
使い方はシンプルで、シミュレータが提示する交差点の映像を見て、警戒物に対する測定判断を行い、発進、停止、徐行などの行動を選択します。測定判断の適否は、一連の走行を終えてから総合的に検査診断するだけでなく、一つ一つの行動選択をその場ですぐ診断し、失敗を自覚したらすぐ修正し、改善できるまで繰り返し練習できるのがこのシミュレータの特長です。高齢者ドライバーが自身の運転能力を維持・改善するためには、一人であるいはグループで、自覚⇔修正に意欲を持って取り組めるように工夫した、ナビゲーショントプログラムも必要になります。
シミュレータで習得した自覚⇔修正の行動を、実車においてもそれを意識して行うことによって、測定・判断能力は転移しますが、高齢ドライバーの測定・判断能力を維持するには、日常の運転において、常に自覚⇔修正を継続する必要があります。それは高齢ドライバーの事故防止に欠かせない条件だといえるでしょう。(了)
研究報告
この研究は、新技術振興渡辺記念会の「科学技術調査研究助成」を受けて行った「高齢者の自動車運転能力を維持・向上させる自動車運転シミュレータの教育利用に関する研究」を基にして考察を加えたもので、平成27年3月にJADECレポート2015(通巻82号)として刊行しました。
下記はその目次です。全文(33ページ)はこちらからダウンロードできます。
JADECレポート2015(通巻82号)平成27年3月
高齢ドライバーの事故防止のための自動車運転能力「自覚⇔修正」シミュレータの研究
―高齢者の自動車運転能力を維持・向上させる自動車運転シミュレータの教育利用に関する研究
を基にして―
はじめに―研究のねらいと背景
第1章 先行研究の調査・分析
- 加齢による運転能力の衰えは自覚されにくい
- 高齢ドライバーは経験に対する過信がある
- 高齢ドライバーの安全感覚は個人差が大きい
- 高齢ドライバーの教育訓練の課題
第2章 運転者に自覚させるべきことは何か―高齢ドライバーの事故例の分析から―
- 運転行動を分析する視点「測定・判断」「表現」
- 事故例における高齢ドライバーの行動分析
- 高齢ドライバーの事故例の分析(1)
- 高齢ドライバーの事故例の分析(2)
- 運転能力として自覚させるべきもの
第3章 運転行動能力の自覚⇔修正を成立させる条件
- 行動の修正はどのようにすれば成り立つか
- 運転行動能力を自覚するための条件
- シミュレータの必要性と求められる機能
第4章 運転行動能力の「自覚⇔修正」シミュレータの提案
- 運転装置を持たないシミュレータ
- 実車映像の利用
- 交差点進入(タイミング測定・判断)シミュレータ
―距離と速度に対する測定・判断能力の「自覚⇔修正」の方法― - 交差点通過(警戒物測定・判断)シミュレータ
―道路の状況に対する測定・判断能力の「自覚⇔修正」の方法―
おわりに