研究・実践から

製造感覚を育てた「ミニ実験」

研究開発部

LEARNING BY DOING、デューイのこの有名な言葉を、私たちは「学習はなすことに応じて成立する」ととらえるべきであるとしてきた。そして、そのことは今日、脳科学によってほぼ証明されたといってよい。

つまり行動(DOING)したときに働いた脳、脳の中に回路が成立するということが、人間にとっての学習であるということである。そうだとすれば、どういうDOING をさせるかが人間の成長に大きくかかわってくる。学習設計の中心作業は、DOING の内容や構成を設計することになる。

私たちはそれを、目標とする現実行動から導くという方法によって設計している。行動というと目に見える動きに限定し勝ちであるが、重要なのは脳の働きである。熟練者の現実行動を脳の働きとしてつかみ、学習のためのDOING を生み出す。それは、基本的には現実行動の模擬体験、シミュレーションとして設計されるべきで、行動の対象としてのさまざまなシミュレータ教材の工夫も必要になる。

私たちは、このように考えてさまざまなDOING を設計し、学習実践を行っているわけだが、それらを紹介しながらDOING による学習が何を生み出すか、何を育てるかを考えてみようと思う。


今回紹介するのは、砂糖の性質をつかむために行う「ミニ実験」というDOING である。砂糖製造の現場マンが、製造ラインのオートメーション化に備えて行った学習の一部である。

ミニ実験に集中する作業員たち

私たちが日常使用する白い砂糖は、サトウキビや甜菜などから析出された原料糖を精製して作る。工場では砂糖の性質に配慮して高品質の製品を歩留まりよく製造する必要がある。そこで現場で働く作業員が砂糖の性質をしっかりつかむことが必要になる。熟練作業員はそれを長年の経験で身につけている。その経験のシミュレーションとして、「水に溶けた物質をその水溶液から取り出す実験」と「熱に弱い性質を調べる実験」の二段階の「ミニ実験」というDOING を設計した。

第一の実験では、性質の異なる物質との比較によって、砂糖の性質を明らかにする。まず、析出現象がはっきり見えるホウ酸を使う。ホウ酸を水に溶かして飽和状態を作り、その飽和溶液の温度を上げることで濃度を上げて行く。温度を100 度まであげて、最大濃度のホウ酸溶液を作り、次にそれを冷やしてホウ酸を取り出す。温度と溶解度の関係をグラフで確認する。

次に塩を使って同様の一連の実験を行う。そして最後に砂糖を使って実験する。三者の性質は見事に異なるので、砂糖が非常に水に溶けやすい物質であること、そのため過飽和という状態になって析出には非常に時間がかかるといった性質がはっきりつかめる。

第二の実験では、結晶を作るもう一つの方法である水分を蒸発させて結晶を作るという実験を行う。これも塩と比較しながら行うと、温度をいくら高くしても確実に結晶を放出し続ける塩に対して、砂糖は熱によって別の物質に変化してしまって結晶ができない、もろい物質であることが際立つ。別の物質が何かということは分子構造で確認して、果糖とブドウ糖であることがわかる。製糖工場では、技術部が工程ごとの設定温度を決めていて、現場の作業員はそれを守るよう厳しく指導されるが、その理由はここにある。

学習前は97~8%であった歩留まりが、以後は常に99%台、それも限りなく100%に近い値を維持したという。ミニ実験は、3,4 人で自主的に進めるが、学習時間はほぼ2 時間ぐらいである。2 時間のミニ実験が、作業員に砂糖を扱う感覚、特に熱に対する敏感さを確実に育てたとすると、DOING の威力はなかなかなものと言える。

JADEC ニュース69 号(2006/9)より