訪問日時:2007年8月9日(木)9:00~16:00
訪問場所:茨城県水海道小学校(常総市水海道天満町)
水海道側出席者:倉持 正(元水海道小学校教諭)
飯沼 敦(元水海道小学校教諭)
菊池陽子(水海道小学校卒業生)
矢口研究会:越川、矢口みどり、榊、北村、小澤
何年ぶりかの水海道は、随分近くなった。武蔵野線の南流山で新しくできたつくばエクスプレスにのると20分足らずで守谷。ここからは昔どおり、関東鉄道に乗り換えて13分で水海道だ。駅の地図が「常総市」と書き換えられているのが印象的。
今回の目的は、水海道小における矢口教育の実態について関係者から直接聴くこと、さらに実態を示す資料を探すこと、の2点である。
詳しい内容は越川さんからのメールを転載しておく。
> ①矢口新とのつながり
> ②中央教育研究所とのつながり
> ③三保谷に訪問1949年5月?
> ④社会科のカリュキュラム構成
> ⑤自治活動・特別教育活動とのつながり
> ⑥「歴史の部屋」に残されている資料 文書 映像 音声
> ⑦猪瀬校長の経歴・実績・人となり 矢口新との関係
> ⑧水海道実践が及ぼした影響 実験開発校
> ⑨第一回読売教育賞
> ⑩蠅のいない町 私達の学校
> 以上のようなことを中心に聞き取りをしたいと思います。
訪問の結果は、予想以上に大きな収穫があった。第一には、参加された3人の方々の話がすべて具体的で感動ものであったこと、第二には、「歴史の部屋」はもちろんだが、それ以外にも(何と、ほこりまみれの廊下の書棚に)宝のような資料がざくざく発見できたこと。
1950年ごろの記録や新聞、写真などがよくぞ今日まで保管されていたと驚くばかりだが、これは、何と言っても猪瀬校長が当時の資料を非常に丹念に整理保管していたことによる。その後何代もの教諭陣の変遷、学校の移転などを経ているため、現時点では整理は不十分ではあるが、とにかく当時の実践を語る資料が存在していることがわかった。今後の研究への大きな足がかりができた。
というわけで、研究会のメンバーは全員興奮状態で帰途についた次第。
みなさんのメールからも興奮の様子が伺えると思うので、下記に転載する。
①小澤→倉持氏(礼状)
今日は大変お世話になり、ありがとうございました。
いろいろ貴重なお話を聞かせていただいた上に、お昼までご馳走になってしまい、帰りには車で送っていただくなど、数々のご親切に対して心より感謝申し上げます。
「歴史の部屋」および廊下の資料は、まさに宝の山、電車の中でも、一同興奮状態で話しつづけながら帰宅しました。さすがに水海道小の実践、燃えた実践の迫力は凄いです。
何とかこの素晴らしい教育の姿を広く伝えたいものです。こうした方向を目指して何らかの努力がなされることが、今の教育の閉塞状態を救うことになるのではないか、との思いを新たにしました。
今夜のニュースでは、また不登校の生徒が増えたとのこと、海小のような教育では、生徒は喜んで学校に通ったでしょう。こうした教育を広めて、不登校で悩む生徒や家族を一人でも減らしたいものです。
私たちの力は微々たるものですが、精一杯やって行きたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
飯沼先生、菊池さんにもよろしくお伝えください。
②倉持氏からの返信(小澤宛)
暑い中先日はご苦労様でした。
何十年振りかでの先生方との面会楽しかったです。懐かしく当時を思い起こしました。それにまた、消滅したと思っていた多くの資料が見つかりこの上ない喜びです。皆様のおかげです。心から感謝申し上げます。
矢口教育学研究会の発展を祈ります。
残暑厳しき折、お体大切に、皆様によろしくお伝えください。
③越川さんのメール
研究会の皆様 9日は暑さもふきとんだ勢いで、とても感動的な一日でした。
これからの責任の重さをひしひしと感じますが、微力ですが精一杯努力してみます。
次回30日には、学会報告のものを報告させていただきます。今月20日には要項をおくります。水海道小に保存されている資料があれほどあれば、矢口先生の理論と実践の検証おおいに役立つし、歴史的意義があると思います。
1955年以降の文献(矢口先生のかかれたもの:雑誌)の保存状況と分析、
水海道小の保存文書の整理と分析と保存の作業が必要です。
④北村さんのメール(小澤宛)
昨日はありがとうございました。
よもやほこりまみれの作業があるとは予想しておりませんでしたが、
>お供は多い方が楽しいです。気楽に参加してください。
ということで、お供役?としてはお役にたててうれしかったです。
矢口研究会一員となりながらも知らないことばかりで、しかも頭も整理されていないし、流れの中で行くということになってしまったけどこんな形でいいのかな、とつい気持ちが消極的になっておりました。でも、、
>きっと何か感じることがあると思います。
というのがまさにそうでした。
特に、飯沼先生、倉持先生、菊池さんが喜々として、何十年前ものことを語り合ってる光景を見ることができたのは、私にとって大いなる収穫でした。つまり、
教えた側(教師)も、教えられた側(生徒)もともに思い出して喜び合える、それってとてもすばらしいことですよね。
私自身は、振り返っても、学校の勉強のことで、思い出すことは、あまりに少ないです。思い出しても、何だか退屈だったなあということばかりです。だからあれだけ記憶に残っていて、話が出来るというのは、それが「実感」できたことがよかったです。
たぶん、細かいことは忘れると思うのですがあの、3人の充実感の満ちた笑顔だけは、忘れないと思うからです。
「温故知新」ってこういうことなのですね。もう昔のこと、途中ですたれてしまったことと、切り捨てないでそこに意義を見出して、そしてその何がよかったか、何が足りなかったのか、何をすればもっと長く続いたのか、そんなことを考えて今に役立てるということが、絶対できるものだと、そしてそれこそが必要なことだと思いました。
何だか未熟なままで申し訳ございませんが、今後ともよろしくお願いします。
以上それぞれに心うつメールなので、原文のまま転載する。(各位ともご了承のほどを。)
倉持、飯沼、菊池のお三方のお話は、すべて興味深く、当時の教育状況がよくわかるものばかりだった。この場を借りて、改めてお礼を申し上げたい。
★次回作業日:9月1日(土)(矢口文庫の資料整理などを行う予定)
★次回研究会:9月30日(日)